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強いブランドには必ず強いコンセプトがあります。
逆に、哲学が感じられなかったり、心を動かされないブランドには、弱いコンセプトしかありません。
これは疑いようのない事実です。
だからこそ、この事実を理解している経営者ほど、いま流行りの手段やツールに気を取られずに、市場理解や顧客理解、そしてコンセプト設計にしっかりとリソースを割いています。
実際に私が関わってきた経営者の方々からも、「コンセプトがなければ意思決定はブレるし、顧客とのコミュニケーションもまとまりませんよね」といった話をよく聞きます。
ブランドに共感や応援を生み、さらに積極的な関与を引き出すためには、一貫性が欠かせません。
そしてその一貫性を作り出し、伝えていくのがコンセプトの役割。
だからこそ、私はコンセプトを書く際には細心の注意を払っています。
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コンセプトメイキングの過程では、消費者やブランドのことを徹底的に想像し、喜びが生まれる具体的な場面までイメージする必要があります。
そうするたびに、胸が高鳴るのを感じることもしばしば。
しかし一方で、その言葉がブランドの未来を左右することを強く自覚しているため、大きなプレッシャーや苦しさも感じています。
「勢いだけでコンセプトを決める」なんてことは絶対にあり得ない。
今回の記事では、コンセプト開発に時間と労力をかける意味と、そのプロセスに伴う難しさを率直に伝えたいと思います。
この記事を通して、経営者の皆さまに「コンセプトに真剣に向き合うこと」が、経営の最重要投資のひとつだと伝わったら幸いです。
言葉は「認識世界」をつくる道具
まず言葉そのものが企業活動にどんな意味を持つのかについて。
世の中に存在するすべてのブランドは、「言葉」によって輪郭を持ちます。
言葉があるからこそ、そのブランドが何者で、誰のために存在しているのかが定義される。
つまり、言葉はただの説明ではなく、顧客にとっての“世界の見え方”を規定する機能を持っているということです。
たとえば、「安心」「挑戦」「自由」といったキーワードは、それぞれ異なる世界観や価値観を想起させます。
ブランドが何を伝えようとしているのかは、使う言葉によって顧客の頭の中に構築されるストーリーとして受け取られ、その認識がそのままブランドの印象になるんです。
ここを曖昧にしてしまうと、顧客はブランドの価値を正しく認識できません。
結果として「なんとなく良さそうだけど、わざわざ選ぶ意味はない」という状態を生みやすくなる。
逆に、コンセプトの言葉に意味があり明確なら、その認識が行動を引き出します。
選ばれる理由が、顧客の中にしっかり根づくのです。
マーケティングで大切なのは、「人は見えたものではなく、意味づけされたものに反応する」という事実。
そして、その意味づけの起点となるのが、言葉です。
ブランドづくりには、強く、具体的で、納得できる言葉が必要。
次にコンセプトについて。
ブランドづくりにおける「コンセプト」は、顧客の頭の中に独自の認識をつくり、意味づけを与える装置であると同時に、内部の意思決定を支える“判断のための道具”でもあります。
つまり、コンセプトには外向きの役割と内向きの役割があり、どちらかが欠けてもブランドは機能不全に陥ります。
だからこそ、コンセプトに込める言葉は、飾りでは意味がない。
むしろ、耳ざわりの良さだけを優先してしまうと、現場では使えず、顧客には伝わらず、誰の行動も変えられない中身のないスローガンになります。
コンセプトとは、見た目の美しさよりも「機能するかどうか」が本質なんです。
言葉は、認識世界をつくりますが、それだけでは不十分。
その世界をブレずに運用し続けるには、社内の全員が“そのコンセプトを基準に判断できる状態”が必要です。
たとえば、商品企画、広告表現、接客方針など、すべての場面で「うちのブランドならどうするか」という判断に活かせなければ、コンセプトの意味は宙に浮いてしまいます。
ブランドの一貫性は、現場の無数の判断の積み重ねによってしか生まれません。
そしてその判断を統一するために、強く、具体的で、誰もが納得できる言葉=コンセプトが必要になります。
とはいえ、コンセプト設計は、繊細で乱暴
ブランドコンセプトやマーケティングコンセプトを言葉にするという行為は、一見すると「きれいにまとめる」作業のように見えます。
しかし実際は、極めて繊細で、かつ大胆さを求められるプロセスです。
なぜなら、そもそも人が感じている“空気”や“雰囲気”といった抽象的な感覚を、限られた言語に変換し、「これがこのブランドの本質だ」と定義してしまう行為だからです。
ここには本質的な矛盾があります。
人間の感じ方は多様で、その場その場の状況や文脈によって揺れ動きます。
ところが言葉は、一度定義すれば固定され、誰に対しても同じように作用するものとして機能します。
つまり、本来流動的なものを、あえて固定化して共有可能な状態にする。
これはある種、乱暴な側面を含む行為です。
しかし、言語化なしにブランドを社会に伝えることは不可能。
言葉にしなければ他人と共有できないし、社内でも共通理解は生まれません。
だからコンセプトを練り上げる人たちは、その“乱暴さ”を受け入れた上で、できるかぎり誠実に、丁寧に、言葉を選び抜く必要があるんです。
ここで重要なのは、“自分の解釈”を押しつけることではなく、“他者もそう感じるであろう本質”を拾い上げること。
そのためには、現場で実際に何が起きているか、顧客はどこに価値を感じているのか、事実に徹底的に向き合う必要があります。
コンセプトとは、思いつきや感覚ではなく、「観察と洞察」の積み上げによって導かれるべきものです。
だからこそ、コンセプトを言葉にする作業は簡単ではありませんし、「えいやー!」で生み出すものでもありません。
論理と感性を行き来しながら、正確さと共感性を両立させていく。
そして、決して可能性を潰さない。
その難しさを理解した上で、私たちは言葉に責任を持って取り組むべきなんです。
自分の思い込みを排除する=自分を一度徹底的に疑う
難しいと感じるポイントがもう一つ。
ブランドコンセプトを練るとき、一番厄介なのは、自分自身の「こうあるべき」という思い込みです。
特に経験を積んできた人間ほど、それまでの成功体験や信念が強く染みついており、「たぶんこうだろう」「これはウケるだろう」という予断が、無意識のうちに判断に入り込んできます。
しかし、この“過去の成功”が、未来の足かせになることは珍しくありません。
市場は常に変化しており、顧客もまた、過去の延長線では動いていない。
だから、自分が“正しい”と思い込んでいることほど、疑ってかかる必要があるんです。
ここに、強い葛藤が生まれます。
自分の感性を信じたい、でも同時に疑わなくてはいけない。
積み上げてきたものを一度壊し、ゼロから見直すことへの不安。
これは、コンセプトワークにおける避けがたい苦しみです。
自分の思考を何度も棚卸しし、無意識に守っている前提を一つひとつ取り除いていく作業は、実際にやってみると精神的にきついものがあります。
けれども、そのプロセスの先にしか「本当に機能するコンセプト」は見えてきません。
表層的なトレンドや誰かの言葉を借りて作ったコンセプトではなく、「自分の目」と「顧客の目」、さらには「社会の目」で世界を見たときに、初めて浮かび上がるブランドの本質。
それは、思い込みを外した“真空状態”でしか見えないんです。
(抽象的な表現ですみません。けどそんな感覚なんです)
そしてその瞬間、自分が思っていたよりも、ブランドにはもっと別の可能性があることに気づかされます。
視点を切り替え、違う問いを立てることで、ブランドの強みも、届けるべき価値も、より立体的に見えてくる。
そこには、これまで視野に入っていなかった市場や顧客との、新たな接点が見えてくることもあります。
もちろん、先ほども書いた通り、そこに至るまでには迷いや葛藤も多い。
ですが、言葉を磨き、思考を深めるなかで、突破口が見える瞬間があります。
それこそが、コンセプト開発の醍醐味です。可能性の解像度が一気に上がる瞬間です。
やる価値のある“しんどさ”をあえて選び取ってほしい。
ブランドに触れる前の「期待」と、体験した後の「実態」がぴたりと重なったとき、顧客は満足します。
そしてその満足が続けば、信頼となり、やがてファンへと変わっていきます。
この「ズレなさ」を生み出すために、私たちは戦略の本質を”記号化”する言葉を何度も削り、整え、疑い、立ち止まります。
正直、楽な仕事ではありません。
悩み、迷い、時には後戻りもします。
そして乱暴な仕事でもあります。
けれど、ここを丁寧にやり抜けたブランドだけが、市場で選ばれ続けるのです。
この仕事は、経営における最重要投資のひとつであり、やる価値のある“しんどさ”なんです。
「コンセプト」や「戦略」についてさらに理解を深めたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
▼以下、コンセプトに関する詳細記事
ブランドコンセプトの価値とは?一貫性も、選ばれる理由も、すべてコンセプトから始まる。
▼「戦略」に関する詳細記事
【戦略がすべて!】戦略を大事にしている理由を正直にお話しします。
この記事を書いた人

クリエイティブディレクター
萩原 雅貴
これまで100を超えるブランドのWEB・デザイン・クリエイティブディレクションを担当。固有の価値を伝える現場において、ビジョン・コンセプト開発、事業戦略設計、制作クリエイティブディレクション、執筆まで。ものづくりに情熱を注ぐ人や組織と手を組み、情報ではなく情緒でつなぐことを指針に活動。ブランドマネージャー1級