
近年、ビジネスの世界で「共感が大事」という言葉を耳にする機会が増えました。
ブランディングやマーケティングの現場でも、いまや欠かせないキーワードの一つになっています。
かつては、購買の意思決定において共感はそれほど重要ではありませんでした。
モノも情報も少なく、選択肢が限られていたため、機能やスペックの優位性を示すだけで十分に“売れる”時代だったのです。
しかし現代は、モノも情報も溢れ、機能や価格だけでは差がつきにくくなりました。
競合より少し便利、少し安い。それだけでは、人の心はもう動きません。
だからこそ、いま問われているのは「顧客との接点の中で、どう共感を生み出すか」という点です。
言い換えれば、違いを強調して“伝える”ことも大切ですが、あえて「ここはあなたと同じだよ」と“重なる”部分を見せるコミュニケーションが、これからの時代ではますます重要になっていくと考えています。
ただ、共感の重要性が増す一方で、それと同じくらい、「共感」という言葉だけが一人歩きしている場面もよく見かけます。
想いや価値観をそのまま発信し続けること”だけ”が共感づくりだと思い込んでしまう方もいれば、「想いを出すのが大事」と言われて、いざやろうとした瞬間に急に恥ずかしくなって発信を継続できない方もいる…
どちらも共通しているのは「共感とは何か」をきちんと定義しないまま、行動していることだと思っています。
私自身もこれまで多くのブランディング支援に携わる中で、“共感を生む行動やコミュニケーション”と“独りよがりな行動やコミュニケーション”の差がどこにあるのかを考えてきました。
そこで今回は、そもそも共感とは何かを心理的な視点から整理し、どうすれば実務の中で「共感を設計できるのか」を紐解いきたいと思います。
「共感」という感情を深掘りしてみる
そもそも、共感とはどんな状態のことを指すのか。
端的にいえば、自分の考えや感情、価値観を“自分よりもうまく言葉にされたとき”、心の中で「あ、そうそう、それ!」と反応する、その瞬間のことです。
誰にでも経験があると思います。
「まさにそれが言いたかった」「そうそう、こういう商品が欲しかったんだよ」と感じたこと。
そのとき私たちは、相手の言葉や行動、あるいは商品やサービスの中に、自分の中にもある価値観や記憶を見つけています。
つまり、共感とは“他者の中に自分を見つけること”。
人は、相手の表現や選択の中に、自分の感情や考えと重なる部分を見つけたとき、自然と心を動かされるんです。
心理学的にも、共感は「他者の感情や経験を、自分の内部で再現すること」と定義されています。
言い換えれば、人は相手の経験を自分の中で一度“追体験”することで、「わかる」という感情を持つ。
この「わかる」という反応は一瞬のものですが、その瞬間が何度も積み重なっていくことで、「この人は信頼できる」「このブランドが好きだ」という気持ちが生まれていきます。
つまり、共感とは“瞬間”でありながら、“状態”でもあるということ。
心が動く小さなきっかけが重なり合うことで、やがて信頼や好意といった長期的な関係へと育っていきます。
裏を返せば、どれだけ想いを熱く語っても、その言葉が“受け手の経験の文脈”に届いていなければ、共感は生まれません。
ただの一方通行のコミュニケーションで終わってしまうんです。
共感をつくるためのアプローチを分解
ここからは共感をつくるためのアプローチを紐解いていきたいと思います。
共感を通じて誰かと感情的な繋がりを持つためには、主に3つ要素が重なるポイントを軸としながらのアプローチしていく必要があると考えています。
- 社会における存在価値
- ブランドストーリー
- 生活者ニーズ

社会における存在価値
共感を生み出すうえで、最初に問いかけるべきなのは「このブランドは何のために存在しているのか」ということ。
どんなに小さな会社や個人の活動であっても、社会の中で果たしている役割は必ずあります。
むしろ、その役割が明確でないと、事業やプロジェクトを続ける意味は次第に薄れていきます。
たとえば、地方のパン屋であっても、“毎日焼きたてのパンを届ける”という行為を通じて、「朝の街にあたたかさを灯す存在」になっているかもしれません。
大きな理想を掲げる必要はないんです。
まずは、目の前のコミュニティの中で自分たちがどんな役割を果たしているのか。
そこを見つめ直すことから始まります。
そして、その考えを起点に、生活者とのあらゆる接点をどう設計していくかを考えること。
SNSの投稿、店頭での接客、商品の見せ方、空間デザイン。
どの接点にも「なぜこのブランドが存在しているのか」という軸が通っていれば、お客様はその一貫性――つまり“社会の中での存在価値”を感じ取ります。
たとえば、
私が個人的に好きなブランドに「スープストックトーキョー」があります。
彼らが掲げているミッションは「世の中の体温をあげる」。
この言葉の通り、スープストックトーキョーは“スープを売る会社”ではなく、一杯のスープやその他あらゆるサービスを通じて、人の心や社会にあたたかさを届けるブランドです。
商品づくりだけでなく、店舗の空間設計や接客のスタイル、発信するメッセージの一つひとつにまで、「人の心をあたためる」という思想が一貫して息づいています。
実際に以前、家族と系列店の「100本のスプーン」を訪れた際、接客や空間の雰囲気の隅々にまでその思想が行き届いているのを感じました。
子供に配慮した明るく丁寧な接客、子供も大人も楽しめるメニューの数々。
そうしたいくつもの工夫のおかげで、息子も妻も、その時間を心から楽しんでいて、私自身も二人が心置きなく楽しんでいる姿を見ているうちに、胸の奥がじんわりとあたたかくなったのを覚えています。
理念(社会的価値)が単なるスローガンではなく、ビジネスモデルから店舗空間、ホームページ、現場のふるまいにまで一貫して体現されていたのです。
家族でゆっくり食事をしたいときには、またここに来たい!
心の底からそう思える体験でした。
先ほども触れたように、共感とは“自分の中の価値観を代弁されたとき”に生まれる感情です。
だからこそ、人々の中にある価値観や感情と、ブランドの存在理由が重なったとき、ブランドへの共感が生まれるのだと思います。
繰り返しになりますが、ただ想いを語るだけではなく、お客様と共有している社会課題に目を向け、それを起点にあらゆる接点を設計していくこと。
その一貫した積み重ねこそが、ブランドを“共感される存在”へと育てていきます。
ブランドストーリー
次に大切なのが、「どんな姿勢で取り組んでいるのか」。
どんな判断をしてきたか、どんな信念で選択してきたか、その“過程”に人は共感します。
ブランドストーリーは決して美談なんかではなく、意思決定の履歴なんです。
ここで参考になるのが、オーセンティシティ(authenticity)という考え方です。
直訳すると「真正性」や「本物らしさ」。
ブランドや企業が語るストーリーに、どれだけ“信じられる根拠”があるかを示す概念です。
この考え方は、マーケティングやブランド論の分野でも多く研究されており、消費者が「このブランドは本物だ」と感じる要素は、主に4つの軸で整理されています。
- 継続性:歴史や理念が一貫していること
- 信頼性:約束したことをきちんと実行していること
- 誠実性:内外の言動が整合していること
- 象徴性:人々が自己投影できる価値や文化を持っていること
つまり、オーセンティシティとは、ブランドが「どう語るか」ではなく「どう行動しているか」で測られるものです。
どれだけ綺麗な物語を語っても、日々の判断やふるまいが伴っていなければ、人は“本物”とは感じないということです。(当たり前と言えば当たり前ですよね)
また、実務研究では“本物らしさ”は物語だけではなく、製法・産地・職人性のような実体的な証拠と、判断の価値観を言語化する語りの両方で作られるとされています。
さらにPR領域でも、組織のメッセージが真実性・一貫性・透明性を備えているかが“オーセンティックなコミュニケーション”の中核だと定義されている。
つまるところ、ストーリーは真正性を可視化するための仕組みだと考えています。
例えるなら、漫画やアニメの構成に近いです。
多くの物語では、主人公が信念を貫きながら、葛藤や失敗を重ねて成長していく様子が描かれていますよね。
その姿にリアリティを感じるからこそ、読者はその人物の想いや選択に心を寄せ、「このキャラクターを応援したい」と感じるようになるのだと思います。
そして、物語の中で“過去編(回想シーン)”が描かれるのは、単に昔の出来事を説明するためではありません。
いまの行動や決断、信念に“理由”と“説得力”を持たせるためです。
たとえば、「なぜこの主人公は誰かを助けようとするのか」「なぜ簡単な道を選ばないのか」。
その答えを回想シーンを通じて知ると、行動の一つひとつに納得が生まれ、読者はその姿勢に信頼や共感を抱くようになる。
ブランドもまったく同じです。
「なぜこの選択をしているのか」「なぜこの価値観を大切にしているのか」という“背景”を商品サービスの価値と併せて伝えていくことで、いまの発信や行動に真実味を感じ、共感が生まれていきます。
今後の活動にこの考え方を活かすなら、まず「過去・現在・未来」を一本の線として捉え、そこに一貫したストーリーを設計することを意識していただきたいと思います。
そのためには、まずそれぞれの要素、
- 過去(なぜ始めたのか)
- 現在(何を大切にしているのか)
- 未来(どこへ向かっているのか)
を、自分たちの言葉で腹落ちするまで言語化しておくことが欠かせません。
そして、その3つの要素をどんなバランスで伝えていくかを、顧客の反応を見ながら調整していく。
ブランドとしてまだ認知が育っていない段階では、特に「現在」を中心に据えることをおすすめしたいです。
- 自社の専門領域におけるお役立ち情報
- 日々の取り組みや気づき
- 顧客とのエピソード
- 実績
など
いま自分たちが、誰にどんな価値を届けるために、どう動いているか”を丁寧に伝えることが、まず信頼をつくる第一歩になります。
そこから少しずつ、ブランドの「過去」や「未来」の話を交えながら、一本の物語としての“時間軸の厚み”を育てていく。
そうした積み重ねが、やがてブランドの真正性(オーセンティシティ)として伝わっていきます。
生活者ニーズ
3つ目は「誰の、どんな日常をよくしたいか」。
共感は、ブランドの価値提供によって、生活者の中に“小さな納得”や“気づき”が芽生え、それが行動変容のきっかけとなったときに生じます。
そのために大切なのは、
生活者が日常の中で抱えている不便さや迷い、行動の癖や判断の背景をどれだけ深く理解し、正確に捉えられるか。
そして、その理解をもとに、生活者の感情や行動に寄り添うコミュニケーションを設計できるかどうかです。
ここで欠かせないのが、「インサイト(insight)」という視点です。
インサイトとは、表面には現れない“人の本音”や“行動の裏にある無意識の動機”のこと。
以前、当メディアの記事でも触れたように、データでは測れない感情や背景を読み解くことが、共感を生む第一歩になります。
▼インサイトについては以下の記事で詳しく紹介しています。
【顕在意識5%、無意識95%|マーケティングに必要なインサイトの見つけ方】
つまり、共感をつくるというのは、
生活者を単なるターゲットとしてではなく、“一人の人として“どんな瞬間に何を感じ、どう行動しているのか”を理解することからはじまります。
データの上ではなく、人の暮らしの中に身を置いて観察すること。
机上の仮説ではなく、現場で生まれる小さな発見を拾い上げていくことが大切なんです。
ちなみに、冒頭でも触れた「まさにそれが言いたかった!」「そうそう、こういう商品が欲しかったんだよ!」というリアクション。
これは、インサイトを突かれ、その気づきを通じて自分の本音に気づかされたときに生まれる感情です。
ざっくりまとめると、
「このブランドは、自分のことをちゃんと理解してくれている。理解しようとしてくれている。」と感じた瞬間が、共感に変わる瞬間です。
(インサイトに共感し、共感を得る)
だからこそ、インサイトを意識することは、生活者と“共感でつながる関係”を築いていくうえで欠かせない視点なんです。
今後ますます共感の重要性は高まる
共感の価値は、これからさらに高まっていきます。
人口減少や市場の成熟化によって、「多くの人に向けて広く伝える」ことが成果につながりにくくなりました。
今の時代に問われているのは、生活者とどれだけ深い関係性を築けたかです。
冒頭でも書いた通り、人々の暮らしはすでに満たされ、機能や価格では差を感じにくい。
選ばれる理由は、「自分と価値観が合う」「このブランドを応援したい」と思えるかどうかに移っています。
さらに、情報が溢れる今の時代、人は“何を言っているか”よりも、“誰が言っているか”に影響を受け、物事を判断します。
企業の広告よりも、信頼している人や身近な誰かの言葉のほうが届きやすい。
つまり、最も影響力を持つのは「口コミ」や「推薦」です。
そして、その声を生むためには、発信の工夫も大事ですが、“語ってくれる人との関係性づくり”が欠かせません。
その関係の根っこにあるのが、共感です。
「このブランドの姿勢に共感している」「この人たちを応援したい」という気持ちがあるからこそ、人は自発的に語り、広めたくなる。
共感を軸にしたコミュニケーションは、“誰かによって語られるブランド”をつくります。
ちなみにこの話は、以前の記事、
現代のマーケティングで“ファン”の重要性が増している3つの理由でも触れたように、ファンづくりと共感づくりは本質的に同じです。
最後に
共感を軸にしたブランディング・マーケティング活動は、単に感情に訴えかける活動ではありません。
それは、「自分たちは何を大切にし、誰のどんな課題を解きたいのか」を明確にし、その価値を日々の発信や広告、プロダクトを通じて設計し続ける営みです。
よく「価値を伝えること」と「共感を生むこと」を別のものとして扱うケースを見かけますが、その時点で、共感という言葉の本質を取り違えています。
また、想いを語ることや理念的な発信だけを“共感づくり”とする考え方も、あまりにも表層的です。
共感とは、マーケティングやブランディングの“周辺にある感情論”ではなく、それらの活動を成立させるための“中核的な仕組み”です。
そして今の時代、本質的な共感の設計なしに、適正な価格で商品やサービスが選ばれることはほとんどありません。
この記事を書いた人

クリエイティブディレクター
萩原 雅貴
これまで100を超えるブランドのWEB・デザイン・クリエイティブディレクションを担当。固有の価値を伝える現場において、ビジョン・コンセプト開発、事業戦略設計、制作クリエイティブディレクション、執筆まで。ものづくりに情熱を注ぐ人や組織と手を組み、情報ではなく情緒でつなぐことを指針に活動。ブランドマネージャー1級


